2020年8月14にSankeiBizから「中小の知財・技術保護へ指針、今秋にも提示 大企業の不当取得防止」という記事がリリースされました。
記事によれば、下町ロケットような技術力の高い中小企業が、大企業と公正な取引を行えるような支援策を政府が検討しており、2021年度予算案の概算要求に盛り込むというものです。
『下町ロケット』の概要についてはウィキペディアで確認できますが、弁理士としては下町ロケットから学べる特許戦略を忙しい中小企業の社長などで下町ロケットを知らない人にも知ってもらえると嬉しいです。
そこで、特許戦略としてはほんの一部に過ぎませんが、わかりやすく7ヵ条にまとめました。なお、下町ロケットをこれから見るため内容を知りたくない人はお読みになるのをご遠慮くださいますようお願いいたします。
①特許出願のタイミングが勝敗を分ける
帝国重工(大企業)が佃製作所(中小企業)に勝てなかった最大の原因は、佃製作所(中小企業)より特許を出すのが2週間遅かったことです。2週間前に同じ特許を他社に出されていることを知る術はありませんので、仕方がありません。
ただ、このような例はウソのようで本当にあることです。特許は出願(申請)してから1年半は公開されないため、今から1年半前以降にどんな特許が出されているかは、公開されなければわかりません。
そのため、事業活動において大切なことは、ライバルに先を越されないようにタイミングを逃さず特許を出すことであり、仮に同じ特許が他社に出されていてもその特許を回避する案を決めること、です。
なお、優先権主張出願という制度を利用することで、特許出願してから1年以内であれば、出願した特許の具体例(研究成果)を追加して内容を補強したりすることができます。
②特許には時間を短縮する価値がある
佃製作所(中小企業)の強みはバルブシステムの特許であり、帝国重工(大企業)は佃製作所(中小企業)の許可を得ずにバルブシステムを製造すれば、特許を侵害することになります。
さらに、帝国重工(大企業)のスターダスト計画実施も間もなくです。もはや佃製作所(中小企業)のバルブシステムの特許を回避する新たなバルブシステムの開発は時間的に不可能です。
つまり、帝国重工(大企業)の弱みは時間です。もしスターダスト計画実施前に新たなバルブシステムを開発できれば、佃製作所(中小企業)の特許権を侵害することにはならず、佃製作所(中小企業)との交渉も不要です。
このように、帝国重工(大企業)にとって、佃製作所(中小企業)の特許の価値はバルブシステム開発の時間短縮です。このことから、特許には、時間的な価値があると言えます。
③特許とノウハウは一心同体である
中小企業は特許を取れるなら取るべきですが、特許と同じくらいノウハウが大事ということを忘れてはいけません。中小企業の多くは、大手企業にないノウハウを持っているはずです。
以下は、佃製作所(中小企業)のバルブシステムの開発技術を、特許とノウハウに分けたイメージ図です。左側がバルブシステム構造の特許(青)、右側がバルブシステムの製造ノウハウ(赤)です。
帝国重工(大企業)は全部品を内製(自社で製造した部品)したかったため、佃製作所(中小企業)の特許の使用許諾が必要でした。帝国重工(大企業)には設備投資力もあり、製造装置(マシニングセンタなど)の性能にも自信があったようです。
一方、佃製作所(中小企業)は特許の使用許諾ではなく、バルブシステムを部品として帝国重工(大企業)に供給したいと申し出ました。なぜなら、佃製作所(中小企業)は特許のみならず、バルブシステムの品質を極限まで高めるための強烈なノウハウ(穴あけ、削り、研磨など)を持っていたからです。
帝国重工(大企業)は特許の使用許諾さえあればバルブシステムの構造を真似できます。そもそも帝国重工(大企業)もバルブシステムの研究開発をしていたため、製造ノウハウもあるはずです。
しかし、佃製作所(中小企業)の真の強みは、バルブシステムの製造ノウハウです。製造装置の精度を上回る技術者の感覚や勘所は、帝国重工(大企業)に真似できません。このようなノウハウを非公開(秘密)にすることで、佃製作所(中小企業)は特許と同じくらい貴重な“価値ある技術”をウリ(強み)にできるわけです。
中小企業としては、特許をとるアイデア(技術的思想)があっても、公開してまで特許をとる価値があるか?、価値があるとしたらどこまで公開すべきか?、非公開のノウハウと組み合わせて特許の価値を高められるか?など、検討すべき点はたくさんあります。
なお、会社経営上、ある技術者一人しかしらないノウハウがあるというのは、強みにも弱みにもなります。なぜなら、その技術者が退職したり病欠したりしたら、誰もそのノウハウを再現できなくなるからです。そのため、ノウハウを社内で共有できる仕組みづくりも重要です。
④特許を売るか貸すかは経営判断である
佃製作所(中小企業)の特許を買い取りたい帝国重工(大企業)の提示額は20億円でした。特許をお金に換えることは簡単ではないため、売れるときに売ってしまったほうがいいという考え方もあります。
特許の維持費もかかるし、新しい技術が登場すれば特許の価値も下がります。そのため、特許を持っている会社は、特許を売るか貸すか?、いくらで売るか貸すか?、そもそも買い手や借り手はいるのか?などを模索しています。
しかし、佃製作所(中小企業)は、バルブシステムの特許のみならず製造ノウハウも持っており、製品の品質に絶対の自信があったため、帝国重工(大企業)に特許を売りも貸しもせずに部品供給という経営判断をしました。
なお、特許を貸した場合の利益(ライセンス収入)は、一般的に製品の売上に対する1~5%と言われています。100万円売り上げたら1~5万円の収入ということです。特許の貢献度にもよるため、もっと多い場合もあれば、少ない場合もあります。
⑤特許=製品の品質保証ではない
まず前提として、特許は製品(モノ)が実際になくてもとれます。つまり、アイデア(技術的思想)さえあれば誰でも特許を出せます(審査をクリアできるかどうかは書類の書き方次第です)。
そして、特許の審査をクリアする上で、製品の品質保証は必要ありません。理論的に製品(モノ)がつくれれればOKで、品質基準をクリアした製品が100回に1個しかつくれないとしても、特許はとれます。
真珠で有名なミキモトの創業者・御木本幸吉が発明した真珠の養殖方法は1916年に特許となりましたが、実際に真珠を取得できた確率は数パーセントだったそうです。
このように、特許と製品の品質保証は異なるため、佃製作所(中小企業)のように特許をとっても帝国重工(大企業)の品質基準をクリアできる製品をつくれるかどうかは別の話であることに注意してください。
⑥特許は技術者の創作意欲から生まれる
日本の技術者の多くは、給与以上に研究開発に没頭できる環境を求めており、特許庁が実施したアンケートでそのような結果が出ています(以下画像、引用: 「職務発明制度に関するアンケート調査結果について 」 by 特許庁)。
「(1)研究開発を行う上で重要と思うこと」として、技術者が最も重視しているのは、日本企業・海外企業どちらも「現実的な問題を解決したいと思う願望」(85%以上)です。一方、日本企業にとって「金銭的な処遇」(71.7%)は他の項目より低いことがわかります。
また、中小企業が技術者との関係で注意すべきは、職務発明(技術者が職務上考えた発明)に関する取り決めです。
例えば、職務発明は会社のもの(会社が特許を受ける権利を持っている状態)であること、そのかわり技術者にはそれなりの金銭等をあげること、などを就業規則に書いておかないと、会社に不満をもった技術者から訴えられるリスクがあります。
おそらく、佃製作所(中小企業)と技術者(佃社長含む)とは、職務発明の取り決めがあるのではないしょうか。そのため、技術開発部が考えた職務発明(バルブシステム)について、特許を受ける権利(特許権を所有する資格)があるのは佃製作所(中小企業)で、そのかわりに技術者にはそれなりの金銭(ボーナスなど)が支払われていると推測できます。
⑦特許について営業担当者が無知だと危ない
技術開発にはコストがかかる、売れない特許なんて意味がない、と営業担当者は考えがちです。製品が売れなければ会社は生き残れず、製品を売ることが営業担当者の使命であれば、然るべき意見です。
そのため、営業担当者が売上(成績)を伸ばすことを優先して、会社が特許を出願する前に客先にプレゼンしてしまったり、他社の特許を侵害する製品の注文を受けてしまったりすることもあるようです。
技術力があってもそれを守れなければ、会社は孔の空いた鍋のようなもので、業績も上がりにくいです。同じように、営業力を高めるには、営業担当者が製品の知識に加え、特許のリテラシーを持つことも必要であり、これによりお客様からの信用が高まるのではないでしょうか。
なお、センサーや測定器のファブレスメーカーであり高収入でも有名なキーエンスは、類まれなる営業力を武器としていますが、特許の公開公報のヒット件数は2600件以上(2020年8月16日時点)であり、2020年の知財価値ランキングではトップになるほどの技術力を兼ねていると考えられます。
まとめ
あらためまして、下町ロケットから中堅企業や中小企業が学べる特許戦略の7ヵ条は、以下のようになります。
①特許出願のタイミングが勝敗を分ける
②特許には時間を短縮する価値がある
③特許とノウハウは一心同体である
④特許を売るか貸すかは経営判断である
⑤特許=製品の品質保証ではない
⑥特許は技術者の創作意欲から生まれる
⑦特許について営業担当者が無知だと危ない
ウィズコロナ・アフターコロナの時代における知的財産活動のニューノーマル、すなわち、従来の知的財産活動には考えられなかった新たな常識や常態がいずれスタンダードになると想定されますので、時代に合った特許戦略の検討・実行も大切です。
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文責:打越佑介